教授あいさつ

私の研究歴について

 保健学研究科の横山です。研究室の紹介をする前に、私の研究歴について簡単にお話ししましょう。

 私が研究を始めたのは群馬大学医学部第二内科(現在の内科学講座循環器内科・呼吸器内科分野)に所属して3年目の昭和62年からになります。当時、丁度留学から帰られた神田享勉先生(現在、金沢医科大学学長)のもと、新しく研究テーマを立ち上げることになり、最初の研究のテーマはマウスのウィルス性急性心筋炎モデルを用いて抗ウィルス薬の心筋炎に対する効果を検討するというものでした。その頃は一般の病院に勤務しながらの研究でしたので、毎朝、病院へ向かう前に、動物舎へ行ってマウスに薬剤を投与するといった日々を送っていました。現在の臓器病態内科での研究と比較すると、かなり貧しい内容だったのですが、それでも、翌年にはアメリカの学会で発表する機会があり、国際学会に参加する楽しみを覚えることになります。また、最初の論文(J Pharmacol Exp Ther.1991;258:1114-9)が学会誌に掲載されたのが平成3年ですが、別刷を手にした時の感激は今でも忘れられません。
 
 私の専門は循環器内科で心臓カテーテル検査や心臓超音波検査にも携わり、将来は臨床医として病院で勤務しているのだろうと考えていました。ところが、転機が訪れたのが神田先生のご紹介により、平成3年から5年にかけてリサーチフェローとしてTexas州、HoustonにあるBaylor医科大学に留学したことに始まります。正直な話、英語はあまり得意ではなかった(医学部を受験する時も二次試験に英語のない大学を選んだくらいです)ので、不安も大きかったのですが、上司(Douglas Mann先生、現在、St.Louis、Washington医科大学教授)や同僚のフェローに恵まれ楽しい(苦労もありましたが)留学生活を送ることができました。この時も、Mann先生がSouth CarolinaからHoustonへ移って来たばかりで、最初はMann先生、PhDの女性、実験助手と私の4人という小さな研究室から始まりました。確かに大きな研究室であれば、より効率的に早く沢山のデータが得られるかもしれません。しかし、私にとっては直にMann先生から実験の手ほどきを受け、先生の研究に対する熱意や考え方に触れたことがその後の大きな糧となっています。研究のテーマはTumor necrosis factor α(TNFα)の心筋細胞に対する影響を動物の灌流心および単離心筋細胞を用いて明らかにするというものです。幸い2年で結果が出てJ Clin Invest.1993;92:2303-12に掲載することができました。帰国後は永井良三教授(現在、自治医科大学学長)ならびに倉林正彦教授のご指導の下、臨床の傍ら第二内科の関口賢一君らと研究を続け、TNFαやそれに関連したリン脂質に関する研究成果を発表(Circ Res.1999;85:1000-8など)してきました。
 
 この時点でも将来私が教壇に立つことになるとは考えてもいなかったのですが、平成14年に鈴木忠先生(現在、高崎健康福祉大学 保健医療学部 学部長)ならびに倉林教授のご推薦により群馬大学医学部保健学科教授に着任することになりました。当時、保健学科は大学院が立ち上がって2年目で、鈴木先生のもとで研究を行っていた松井弘樹君が私にとってもこの研究室の大学院生第1号となります。松井君と出会えたことが今日のこの研究室の大きな柱となっています。
 

良い研究に必要なのは多くの人との出会い
お互いに相手を尊重できる関係を築くこと

 このように、私自身、当初から教員を目指していたわけでもなく、長く研究が続けられるとも思っていなかったのですが、多くの人との出会いと支援に恵まれて今日に至っています。ともすると研究は一人で行うものという印象がありますが、決してそのようなことはありません。良い研究には多くの人との出会いとお互いに相手を尊重できる関係を築くことが欠かせません。また、実験というものは結果が期待したようには出ないことの方が圧倒的に多いのですが、継続することと、常に考え続けることが重要です。そのような中で思いがけない結果が得られたり、人生にとって節目になるような人との出会いが生まれるのです。
 
 学部の学生に大学院進学のメリットは何かと聞かれます。正直なところ、大学院で何らかの資格が得られたり、必ずしも就職に有利になったりするわけではありません。しかし、大学院で実験手技を修得するだけではなく、実験の進め方や結果の解釈の仕方を学ぶこと、最新の研究に触れること、また研究を通して多くの人とコミュニケーションを築くことは、大学院修了後、研究職だけではなく他の職種であっても必ず役に立つものと信じています。